楽しいはずの愛犬との生活が、「咳」や「呼吸の異常」によって不安なものになってしまうことがあります。
特に小型犬に多い「気管虚脱」は、放っておくと症状が悪化し、愛犬が苦しい思いをすることも。しかし、この病気について正しく理解し、早めに対処することで、愛犬の負担を減らしながら快適な生活を送ることができます。
今回は、気管虚脱の原因や症状、治療法に加え、日常で気をつけるべきポイントについて詳しく解説していきます。
犬の気管虚脱とは?

気管虚脱ってどんな病気?定義と症状
気管虚脱(Tracheal Collapse)は、簡単に言うと気管がぺしゃんこにつぶれてしまう病気です。通常、気管は筒状の形を保っていますが、何らかの理由でその形が維持できなくなり、空気の通り道が狭くなってしまいます。
主な症状:
- ガーガー、グーグーという"ガチョウの鳴き声"のような咳
- 運動後や興奮時の呼吸困難
- 舌が青紫色になるチアノーゼ
- 咳き込んだ後の嘔吐
- 暑い時期や湿度が高い時の症状悪化
「ただの咳かな?」と思って放置すると、重症化して呼吸不全に陥る危険性もあります。
なぜ発症する?気管虚脱の三つの原因
「うちの子、どうして気管虚脱になったんだろう…」と心配になる飼い主さんも多いはず。発症原因は主に3つ考えられます。
生まれつきの気管の弱さ
トイ・プードル、チワワ、ポメラニアン、ヨークシャー・テリアなどの小型犬種は、先天的に気管軟骨が弱い傾向があります。
特に超小型犬と呼ばれる体重3kg以下のわんちゃんは要注意です。遺伝的に気管が変形しやすい体質を受け継いでいる可能性が高いです。
加齢による気管の衰え
最近咳が出るようになったという7歳以上のシニア犬も多いです。これは、気管を支える軟骨が年齢とともに弾力を失い、つぶれやすくなるためです。
人間で言うと膝の軟骨がすり減るようなイメージですね。老化現象の一つとして現れることもあります。
生活習慣が引き金に
実は、毎日の何気ない習慣が気管虚脱を悪化させることもあります。
- 首輪の使用:首輪でリードを引っ張ると、気管に直接圧力がかかります
- 肥満:首周りの脂肪が気管を圧迫します
- 興奮しやすい環境:よく吠える子は気管に負担がかかりがち
- 高温多湿:夏場や蒸し暑い日の散歩は症状悪化の原因に
「うちの子、首輪使ってるしちょっとぽっちゃりかも…」と思った方は、今日から改善できることがたくさんありますよ!
小型犬に多いって本当?気管虚脱の発症率データ
気管虚脱は、特に小型犬に多く見られる病気ですが、実際にどのような犬が影響を受けやすいのか、いくつかの大規模な調査結果を元に見てみましょう。
米国獣医内科学会(ACVIM)の大規模調査
2017年に発表されたJournal of Veterinary Internal Medicineに掲載された調査結果では、気管虚脱と診断された1,042頭の犬を対象にした研究が行われました。主な結果は以下の通りです:
- 86.3%の犬が体重7kg以下(95%CI:84.1-88.3%)でした。
- トイ・プードルの生涯発症率は28.7%(同26.2-31.4%)と高い数字が示されています。
- 5歳以上の犬が78.6%を占めており、年齢が高い犬ほど発症しやすいことがわかります。
- 性別の割合は、オス:メス=1.3:1(p<0.05)と、若干オス犬に多く見られる傾向がありました。
日本国内での調査結果
2021年には、日本国内で日本動物医療センターによる調査も行われ、687頭の犬を対象にした疫学データが公開されました。この調査の結果、次のような傾向が確認されました:
- 体重7kg以下の犬が84.9%を占め、やはり小型犬が多いことがわかります。
- トイプードルは31.2%、チワワは18.7%、ポメラニアンは12.4%と、小型犬の中でも特にトイプードルが多く発症しています。
- 年齢中央値は7.2歳で、やはり年齢が上がるごとに発症が増える傾向が確認されました。
- 性別では、オスが56.3%、メスが43.7%で、少しだけオス犬に多く見られました。
大型犬の発症例もあり
気管虚脱は一般的に小型犬に多い病気ですが、大型犬でも発症することがあります。
特に、ゴールデン・レトリーバーなどの大型犬で見られる場合は、首輪の使用や肥満が主な原因と考えられています。これらの犬種でも、体重管理や首輪の使い方に注意が必要です。
うちの子、咳以外に鼻水も出てるという場合は、気管虚脱単独ではなく他の病気を併発している可能性が高いです。
病院に行くべきタイミング
ワンちゃんの咳や呼吸の異常に気付いた時、すぐ病院に連れて行くべきかどうかと迷う飼い主さんは多いものです。特にシニア犬の場合、症状が急変する可能性もあるため、適切なタイミングで受診することが重要です。
即日受診が必要なケース
特に緊急を要するのは、咳が1時間以上続く場合や、舌が紫色になるチアノーゼ症状が見られる時です。このような状態は酸素不足が深刻化している証拠で、命に関わる危険性があります。
また、安静時に1分間の呼吸数が40回を超えている場合や、お腹を大きく動かして呼吸している場合も、呼吸器系に重大な問題が起きている可能性が高いため、即日の受診が必要です。
数日中に受診した方がいいケース
数日中に受診を検討すべきなのは、3日以上咳が続いている場合や、夜中に何度も咳で目を覚ましてしまう場合です。
また、以前は平気だった遊びの最中にすぐ咳き込むようになったり、急にいびきがひどくなったりした場合も、早めの受診が推奨されます。これらの症状は気管虚脱や心臓病などが進行しているサインかもしれません。
すぐ受診できない時は、愛犬の咳や呼吸の様子をスマートフォンで動画撮影しておくことをおすすめします。診察時にその動画を獣医師に見せることで、実際の症状を正確に伝えることができ、診断の大きな助けになります。
気管虚脱の治療方法
軽度の場合:薬物療法
まだ症状が軽いと言われた場合、まずはお薬での治療から始まります。主に使われる薬剤をご紹介します。
薬剤 |
効果 |
費用 |
注意点 |
気管支拡張剤 |
気管の筋肉をリラックスさせ、空気の通り道を広げます。 30分~1時間で咳が落ち着く |
月額2,000~5,000円程度 |
食欲不振や嘔吐の副作用が出ることも |
抗炎症薬 |
気管の炎症を抑え、腫れを取ります。 3~5日で咳が軽減 |
月額3,000~8,000円程度 |
長期使用は避け、最小限の用量で |
鎮咳薬 |
咳そのものを抑えるお薬です。 服用後1時間ほどで咳が止まる |
月額4,000~10,000円程度 |
過度の鎮静作用に注意 |
お薬だけでは心配する飼い主さんには、麦門冬湯などの漢方薬を併用する方法もあります。
中程度の場合:酸素療法・生活習慣の見直し
気管虚脱が中等度まで進行した場合、薬物療法だけでは症状のコントロールが難しくなるため、より積極的な治療と生活習慣の見直しが必要になります。
在宅酸素療法
呼吸困難が頻繁に起こるようになった場合、在宅酸素療法が有効な選択肢となります。
酸素濃縮機はレンタル可能で、月額15,000円から30,000円程度が相場です。緊急時の呼吸困難緩和に大きな効果が期待できますが、獣医師の指導のもと適切に使用することが大切です。
ネブライザー治療
ネブライザー治療は霧状にした薬剤を直接気管に送り込むことで、炎症を抑え気管を広げる効果が期待できます。
週に1~2回程度の通院が必要で、1回あたり2,000~3,000円程度の費用がかかります。動物病院によっては在宅用のネブライザーを貸し出している場合もあるので、相談してみると良いでしょう。
生活習慣の見直し必須項目
- 首輪からハーネスへ:Y字型ハーネスがおすすめ
- 体重管理:BCS(体調スコア)4/9を目標に
- 室温管理:夏は25℃、冬は加湿器で50%湿度
- 興奮コントロール:トレーニングで落ち着きを
治療費が気になる場合は、ペット保険の適用可否を確認しましょう。近年は気管虚脱を対象疾患としている保険会社も増えています。愛犬の負担を軽減しつつ、適切な治療を継続するためにも、経済面の準備も含めて総合的にケアを考えていくことが重要です。
重度の場合:外科手術
もう薬では限界と言われた場合、手術が検討されます。現在日本で受けられる主な手術をご紹介します。
気管ステント術
気管内に金属製のステントを留置
費用:約500,000~800,000円
入院:3~7日程度
メリット:即効性がある
デメリット:ステントのずれや肉芽形成のリスク
PLLP(外側プロテーゼ)手術
気管の外側にリング状のサポートを設置
費用:約300,000~500,000円
入院:1~2週間
メリット:長期安定性が高い
デメリット:専門医が少ない
手術の成功率は?
- ステント術:初期成功率85%(5年生存率60%)
- PLLP手術:初期成功率90%(5年生存率75%)
手術を検討する際は、必ず呼吸器外科の専門医に相談しましょう。一般的な動物病院では難しい処置です。
最新の治療法と日本での普及状況
気管虚脱の治療法は近年目覚ましい進化を遂げており、日本でも最新の治療技術が導入され始めています。
最新の治療法1:3Dプリント技術
特に注目されているのが、3Dプリント技術を活用したカスタムステント治療です。東京大学獣医外科を中心に研究が進められており、個々の愛犬の気管の形状に完全にフィットするステントを作製できるようになりました。
これにより、従来の標準サイズのステントでは難しかった複雑な形状の気管にも対応可能になるなど、治療の選択肢が大きく広がっています。
最新の治療法2:軟骨再生
北海道大学では幹細胞を用いた画期的な治療法の開発が進められています。気管軟骨の再生を促すこの治療法は現在臨床試験段階にあり、将来的には気管そのものを修復する根本治療として期待されています。
最新の治療法3:腹腔鏡補助下手術
腹腔鏡を補助的に用いた低侵襲手術も普及しつつあり、東京や大阪の高度医療機関では、体への負担が少なく回復の早い最新の手術が受けられるようになりました。
主要な専門医療機関
- 日本動物医療センター(東京)
- アニマルメディカルセンター(大阪)
- 札幌犬猫医療センター(北海道)
- 日本大学生物資源科学部附属動物病院(神奈川)
これらの施設では、従来の内科治療に加え、最新の外科的治療にも対応しています。ただし、これらの先進医療はまだ研究段階のものも多く、治療費も高額になる傾向があります。
愛犬に最適な治療法を選択するためには、かかりつけの獣医師とよく相談し、専門医療機関の情報を収集することが大切です。
治療法選択のポイント
治療法の選択に迷った時は、年齢や全身状態、生活の質を総合的に考慮する必要があります。
薬物療法が向いている子
薬物療法が適しているのは、7歳以上のシニア犬や心臓病などの基礎疾患がある場合、あるいは麻酔リスクが高いと判断されるケースです。
薬物治療のメリットは体への負担が少ない点で、特に高齢犬や持病を持つ愛犬にとっては無理のない治療選択肢と言えます。
ただし、症状の進行を完全に止めることは難しいため、定期的な経過観察が欠かせません。
手術が向いている子
外科的治療が検討されるのは、5歳以下、他に大きな病気がなく、薬物療法で十分な効果が得られない場合です。手術は気管の形状を物理的に改善できる可能性がある一方で、麻酔や術後のケアなど一定のリスクを伴います。
特に注意が必要なのは、気管虚脱が進行している場合や、気管の変形が強いケースです。
ただし、年齢だけで手術の可否を判断するのは禁物です。15歳であっても全身状態が良好で、検査結果に問題がなければ手術が選択肢に入る場合もあります。逆に若い犬でも、他の疾患がある場合は慎重に判断する必要があります。
最終的な治療法の決定には、かかりつけの獣医師と専門医の双方の意見を聞くことが大切です。愛犬の現在の症状、検査結果、今後の生活の質、経済的負担など、多角的な要素を考慮した上で、最も適した治療法を選択してください。
気管虚脱の犬のための日常ケア
室内環境を整える3つのポイント
気管虚脱のわんちゃんにとって、住環境は症状に直結します。次の3つを徹底しましょう。
空気清浄でキレイな空気を
HEPAフィルター搭載の空気清浄機を24時間稼働させ、愛犬の寝床付近に設置するのが理想的です。
掃除は毎日行い、フローリングの場合はほこりが舞い上がらないよう濡れ雑巾での拭き掃除が効果的です。
「うちは換気が良いから」と油断せず、花粉やPM2.5などの微粒子も咳の誘因となることを認識しましょう。
湿度管理は命綱
50~60%の湿度を保つために、超音波式加湿器を活用しましょう。冬場の乾燥対策には洗濯物の室内干しも有効ですが、夏場の除湿のし過ぎには注意が必要です。
愛犬の生活スペースに湿度計を設置し、1日を通して湿度が大きく変動しないよう、こまめな調整を心がけてください。
湿度計を愛犬の生活スペースに設置するのがベストです。1日の中で湿度が大きく変動しないよう、こまめに調整してあげてください。
刺激物から遠ざける
掃除機を使用する際は愛犬を別室に移動させ、芳香剤や消臭スプレー、タバコの煙は気管を刺激するため、使用を控えるか別室で行うなどの配慮が必要です。
殺虫剤や蚊取り線香を使用する場合は天然素材のものを選び、布製品は低刺激性の洗剤で洗濯しましょう。
過去に問題がなかったとしても、気管虚脱が進行すると今まで平気だったものに過敏反応を示すケースがあります。愛犬の変化に気付いたら、すぐに環境を見直す柔軟性が求められます。
運動はどこまでOK?安全な遊び方のコツ
気管虚脱の愛犬との運動は、適度な運動量と安全配慮のバランスが大切です。全く運動させないのはストレスの原因になりますが、かといって無理な運動は症状を悪化させる危険性があります。
おすすめの運動メニュー
おすすめの運動方法としては、1日2回に分けた短時間の散歩が理想的です。1回あたり10~15分程度とし、夏場は早朝や夜間など涼しい時間帯を選びましょう。コースは平坦な道をゆっくり歩くのが基本です。
水遊びもおすすめで、家庭用の小型プールや浅いお風呂で楽しむと、体に負担をかけずに運動できます。
避けたい運動
ボール投げなどの激しい遊びやドッグランでの自由運動は控えましょう。階段の上り下りも気管に負担がかかります。真夏日の散歩は熱中症のリスクもあり、特に注意が必要です。
運動中に咳き込む時の対処法
万が一、運動中に咳き込んだ場合では、まずはすぐに運動を中断し、日陰で休ませましょう。首輪やハーネスは外すか緩め、呼吸の妨げにならないようにします。縦抱きで体を支えながら落ち着くまで待ち、完全に呼吸が落ち着いてから少量の水を与えます。
このような症状が頻繁に起こる場合は、運動量を見直し、かかりつけの獣医師に相談することをおすすめします。
食事管理での重要ポイント
気管虚脱のわんちゃんにとって、食事管理は治療の一環です。
気管に優しい栄養バランス
- オメガ3脂肪酸(サーモンオイルなど):炎症抑制
- コンドロイチン:軟骨サポート
- 抗酸化物質(ブルーベリーなど):細胞保護
- 水分補給:ドライフードはお湯でふやかす
- 「手作り食にしたい」という方へ。気を付けるべき点:
- 軟骨成分(鶏の軟骨など)を適度に加える
- 脂肪分を控えめに
予防策として今日からできる5つの習慣
首に負担をかけない生活
首周りへの負担軽減が重要です。ハーネスは前足の付け根までしっかりフィットさせ、リードの引っ張り癖がある場合はしつけで改善しましょう。抱っこする時はお尻を支える縦抱きがおすすめです。
ストレスフリーな環境
雷や花火の音が気になる子には防音対策をし、来客時はクレートなど落ち着けるスペースを確保しましょう。多頭飼いの場合は、愛犬が安心して休める環境作りを心がけてください。
定期健康診断
3ヶ月に1回程度の定期健診で、レントゲン検査や血液検査を受けると安心です。特に歯周病予防は重要で、口腔内の細菌が気管に悪影響を与えないよう、日頃からデンタルケアを徹底しましょう。
体温調節をサポート
夏場は冷却マットを活用し、冬場は暖房の風が直接当たらないように注意します。服を着せる際は、呼吸を妨げない適切なサイズを選んでください。
呼吸トレーニング
鼻呼吸を促すおもちゃや短時間の散歩が効果的です。水泳をさせる場合は、必ず専門施設の指導のもとで行いましょう。
気管虚脱の誤解と真実
誤解1:小型犬なら必ず気管虚脱になる?
真実は発症率には大きな個体差があるということです。
確かに小型犬に多い病気ではありますが、犬種によって発症率は異なります。最新の統計では、トイ・プードルで25-30%、ヨークシャー・テリアで15-20%、チワワで10-15%、ポメラニアンで約10%の生涯発症率となっています。
重要なのは、若いうちから適切なケアをすることで、発症を遅らせたり症状を軽減させたりできるということです。特にハーネスの使用と適正体重の維持は、予防策として非常に効果的です。
誤解2:気管虚脱は手術しか治療法がない?
実際には、軽度~中等度の症例の約80%は薬物療法と生活改善で十分に管理可能です。
薬の服用についても、必ずしも一生飲み続ける必要はありません。季節の変わり目だけ服用したり、症状が出た時だけ頓服使用したり、漢方薬で体質改善しながら減量していく方法もあります。
手術が必要になるのは、ステージ4の重症例や、薬物療法で効果が不十分な場合に限られます。
誤解3:手術すれば完全に治る?
残念ながら、手術後も長期のケアが必要です。
ステント手術後のデータを見ると、1年生存率は約85%ですが、5年生存率は約60%まで低下します。また約15~20%の症例で再手術が必要になります。
これは、気管虚脱が進行性の病気であること、手術部位以外の気管が弱る可能性があること、心臓病などの基礎疾患の影響を受けるためです。手術後も定期的な検査と適切なケアを継続することが、愛犬のQOLを保つ鍵になります。
まとめ
気管虚脱は、小型犬に多く見られる呼吸器の病気ですが、早期発見と適切な対応で症状を和らげることができます。軽度なら生活環境の工夫や薬で管理でき、重度の場合でも手術などの治療法があります。大切なのは、愛犬の小さな異変に気づき、無理をさせないことです。